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スーツボックス(suitsbox)がサービス終了した理由を考える

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スーツのサブスクリプションサービスである「スーツボックス」のサービス終了が発表されました。2018年12月13日をもってすべてのBoxの手配を終了し、12月21日に会員ページも閉鎖するとのことです。

以前、「スーツボックスめちゃ良いよ!」的な記事を書いた私としては、非常に残念です。。スーツボックスって何だっけ?という方のために簡単に説明すると、月額1.8万円出せば、コーディネーターが考えたスーツ2着とシャツ3着とネクタイ2本が毎月送られてくるよ、新しいボックスが届いたら前のスーツたちは返却してね、というサブスクリプションサービスです。

料金別にいくつかコースもありましたが、詳しくは以下の記事を。

techhack.hatenablog.jp

なぜスーツボックスは、わずか半年で終わってしまったのでしょうか。
ここではその理由を考えたいと思います。

直接のきっかけはたぶん社長の交代

スーツボックスはAOKIの新規事業として開始されたサービスです。そのAOKIですが18年10月に中村宏明前社長が辞任し、新しく諏訪健治氏が社長に就任しています。どうやら新社長になり、方針の転換があったようです。

日経XTRENDでは以下のような関係者のコメントが書かれていました。

関係者によれば「社長交代後に新規事業の見直しが入った」という。suitsboxもその対象となったようだ。

AOKIが半年でサブスク撤退 新社長による事業見直しか:日経クロストレンド 

諏訪新社長、スーツボックスやめるってよ。
とはいえ、事業がうまくいっていればどんな社長になってもスーツボックスは継続されたはずです。何かしらの理由で事業がうまくいっていなかった、それを見咎めた新社長によって撤退の決定が下された、と考えるのが自然でしょう。

ではなぜ事業がうまくいっていなかったのでしょうか。
利益=売上-コストですから、利益が出なかった原因は売上が立たなかったかコストが抑えられなかったかの2択で考えられるはずです。いくつかの要素から考えて、コストが抑えられなかったという点が問題であったと私は考えています。順に説明していきます。

利用者が少なかったのか(売上が立たなかったのか)⇒NO!

スーツのサブスクリプション、というサービスが消費者の心を掴めなかったのでしょうか。私はそうは思いません。使った感じ、人に勧めたくなる良いサービスでしたし(単なる主観)。

主観は置いといて、客観的な事実から読み解いても利用者を集めることには成功していたのではないかと思います。

1. サービス開始前のクラウドファンディングは注目度高だった

スーツボックスは事業を本格スタートさせる前に、クラウドファンディングサイトのMakuakeにて支援を募っていました。資金を調達するというよりも、どのくらいのユーザーが関心を持っているのかを確かめるちょっとした実証実験としての側面が強かったようですが。

結果としては、3日で当初目標の100万円を突破し、最終的には約220万円を集めました。この時点では、AOKIの想定以上に注目度もサービスを利用したいユーザーの数も多かったと言っていいでしょう。

2. 申し込み多数による新規受付の停止をするほどの盛況

いざサービスを開始した後はどうだったのでしょうか。
なんと大盛況でした。18年9月から申し込み多数を理由に新規受付を停止するほど利用希望者は多かったようです。

18年7月の日経新聞でも申し込み好調が以下のように伝えられていました。

受注が好調で、当初は21年3月期に目指していた会員数1万人の目標を「1年前倒しで達成できる見込み」(経営戦略室の永沼大輔氏)という。

アパレルも「定額制」時代 レナウンがスーツレンタル :日本経済新聞

というわけで、利用者自体は順調に増加していたと考えてよいでしょう。
まさか1年前倒しも何も、1年持たずにサービスが終わるとは・・。諸行無常なり。

コストが高かったのか

利用者が順調に増えていたにも関わらず、事業撤退という結果になってしまったということは、売れれば売れるほど赤字が累積していく赤字の事業構造だったのでしょうか。

おそらくこちらが的を射ているでしょう。この事業モデル、利益を出すのも、そのためにスケール化するのも、両方ともかなり難しそうなのです。

どのくらい利益が出るのか計算してみよう

1. ボックスの中身は25万円相当

ちょっとシンプルに事業モデルを考えて、どのくらい利益がでるのか計算してみましょう。スーツボックスの中身(スーツ2着、シャツ3着、ネクタイ2本)の商品販売価格は、21~30万円とMakuakeでは説明されていますので、いったん25万円と考えます。なお、サブスクリプションの月額料金は1.8万円です。

2. 1万人の利用者にサービスを届けるには最低50億円分のスーツが必要

ここで、いま1万人の利用者がいるとします。最低でも必要なボックス数は1万個。しかし、スーツには夏物・冬物があるので、夏物1万個、冬物1万個の合計2万個が最低でも必要になります。

ボックスの中身は25万円ですので、2万個のボックス×25万円で50億円が原価となります。

なお、これは最高効率でボックスを回すことができた場合です。バッファのボックスは1個もありません。

3. スーツの耐用年数を3年とすると、17億円が減価償却

減価償却の目安として、スーツの耐用年数は夏物3年、冬物4年となっています。他の指標においても3年程度でスーツはダメになると想定されており、例えば全国クリーニング生活衛生共同組合連合会の「クリーニング事故賠償基準」では、スーツの使用年数を2~4年に設定しています。

さすがに3年以上着古して減価償却が終わった価値ゼロのスーツを着るのは利用者が嫌がると想定されます。ですので、3年経ったらスーツ刷新、というのが最低限のサービス水準として妥当でしょう。

3年ごとに50億円分のスーツを確保することになるので、年間の負担額は17億円と見積もります。

4. 配送とクリーニングで1回あたり3000円の負担

スーツを用意するのにも費用がかかりますが、配送とクリーニングにも費用もかかります。

これらはどのくらいかかるのかイマイチ勘所がないのですが、まず配送料は往復で計2000円くらいと置きましょう。60cmを超えるサイズで関東圏内だとクロネコ宅配便は片道1000円を超えてきますし、法人契約で安くなるとは言え、ユーザーは関東圏外にも一部いるであろうことを考えると往復で2000円くらいが落としどころかなと思った次第です。

クリーニングですが、これはAOKIならでは独自のネットワークや施設がありそうですし、そのへんのクリーニング屋さんに頼むより相当安く済みそうです。スーツ2着にシャツ3着にネクタイを合わせて・・、いやわからん!1000円くらい?そうしよう、そうします。

というわけで配送とクリーニングで3000円の費用がかかります(言い切る勇気)。

5. 1万人の利用者がいると、年間で利益1億円

月額料金は1.8万円でした。配送とクリーニング代の3千円を抜いて、1.5万円がAOKIの手元に残る金額です。

年間の売上は、1.5万円×1万人×12か月=18億円となりました。 

スーツに年間17億円かかる計算でしたので、1万人のユーザーがいれば1億円の利益が毎年出せそうです。

気を付けてほしいのは、これはベストシナリオという点です。

ボックスの返却が遅れる利用者が多くてボックスが足りなくなった、という事態も十分に想定されますし、バッファとして多めにスーツを用意する必要があるはずです。なので、2万個のボックスでは対応できず、2万個を大きく超える数が必要になるでしょう。2万個の2%の400個をバッファとして持つだけで赤字転落になります。アーメン。

そうなってくると、赤字の可能性が極めて高いと言わざるを得ません。少なくとも店頭販売したほうが儲かります。

また後述しますが、コーディネーターの人件費やボックスにスーツを詰める作業にかかる費用、広告宣伝費・・・、ここで考慮していない諸経費はたくさんあります。

25万円のボックスでは赤字待ったなしだと思われます。

サブスクリプションで儲けようとするなら、安いスーツを提供して原価を抑えるしかないのですが、例えば3万円のスーツ(中古)を毎月2着着るために2万円出しますか?という話になってきます。

更なる問題点 コーディネーター不足

さらにスケール化するにあたって、重大な問題があります。それは人材不足です。

スーツボックスでは、利用者のリクエストに応じてコーディネーターがスーツ・シャツ・ネクタイのコーディネートを考え、おすすめポイントをそれぞれの会員ページ上で解説してくれます。「トレンドのXXカラーをベースにさわやかさを出すようシャツとネクタイには鮮やかな色を組み合わせています。」みたいなコメントがそれぞれのコーディネートについてくるんです。

つまりこれ、めちゃめちゃ労働集約的な作業をしているわけです。

これやばくないですか。しかも目標1万人って。1人スーツ2着だとして、コーディネートは2万通り。ユーザーのリクエストを読んで、コーディネート考えて、コメントを各ユーザーに送る×2万回。30分で1コーデやるとしても、コーディネーター1人あたり16コーデ/日、320コーデ/月。2万コーデ対応には、63人の専任コーディネーターが必要です。

この仕事やりたい人っているでしょうか?いないと思います。

いたとしても63人もコーディネーターを雇ったら大赤字です。

店舗スタッフに空き時間にやらせる、という方法もあるかもしれませんが、持続可能性に?です。AIにやらせるしかなさそうです。

結論 利益が上がる仕組みを整える前の見切り発車だった

サブスクリプション向けにスーツを回すよりも普通に店頭販売した方が利益が上がる。

スケール化しようとしても、コーディネーター不足に直面して無理。

⇒スーツボックス、やめようか

ユーザーを惹きつけるサービスができていたか、という点に関しては、利用者が多く集まったことから及第点に達していたでしょう。実際、私も使っていて楽しく、まわりの人に勧めたくなるサービスでした。

しかし、利益が上がる仕組みにはなっていなかったのでしょう。しかも、スケール化してこれから利益が上がるんだ!という方向性もコーディネーター不足で見込みが薄い。音楽配信サブスクリプションなどと異なり、スケール化しても限界費用が小さくならないビジネスモデルであるため、サブスクリプションにはあまり向いていなかったと言わざるを得ません。

せめてスモールスタートでデータを収集して、コーディネートはAIが考えてくれるんです、という形での本リリースにまでもっていけていたら。余剰在庫の活用で十分に利益が出るほどに原価を抑えられていたら。うまくいったかもしれません。

もしかすると前社長が功を焦ってとにかく実績がほしいということで、利益が出るビジネスモデルをきちんとつくる前に見切り発車させたのかもしれません。

コンセプトは面白かっただけに、事業終了は残念です。

この教訓を活かして、そして下の本面白かったからこれでサブスクリプションモデルのビジネスモデルを勉強して、次のリベンジを!AOKIさん!待っています!

 

サブスクリプション――「顧客の成功」が収益を生む新時代のビジネスモデル

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